日本の伝統工芸が衰退産業と呼ばれてからどのくらい経つだろうか。今年50歳になった私が知る限りであればバブル経済が崩壊した数年後から一気に衰退が加速したように感じる。1994年頃からなので約30年前になるのだろうか。
そもそも近代の伝統工芸が商業化した背景には全国の観光地での土産需要、それからバブル時代の法人需要が大きな要因だったと考えられます。いずれも経済が回っている中で成立する需要で、バブル崩壊後は当然のごとく真っ先に買い控えられる商材であることは明確でした。但し九谷焼の歴史を見てみると近代よりも前の時期、1867年のパリ万博の頃には積極的に海外に進出していた記録もあります。いずれにせよ伝統工芸が最も華やかだった時代はバブル時代だったのは間違いないでしょう。
伝統工芸暗黒の時代
バブル崩壊後は伝統工芸にとって暗黒の時代となりました。国内の観光が減り土産需要が激減、法人の贈答需要も経費削減を余儀なくされる大手企業にとって一番最初に検討されるのが、そういった予算であることから前年対比50%以下というのが当たり前の状況でした。個人需要においては主力販売先だった大都市圏の百貨店が販売苦戦する中で百貨店内の伝統工芸売り場縮小という必然の流れから、それまでの伝統工芸の販路が全て消滅していくという絶望的な状況が続きました。また各産地においても商人・職人の高齢化が始まっており、先の見えない中で当事者たちは、もがいていました。
そんな中、あらたな販路となりつつあったのがインターネットでの販売でした。1996年頃からパソコン通信の流れからホームページの登場、1990年後半にはネット販売大手、楽天市場がスタート、パソコン画面の中で商品を販売するという新たな時代が始まりました。弊社、九谷物産株式会社も、この微かな希望の光だったネット販売を開始したが2000年の3月でした。
新たな時代
インターネット販売を開始した2000年は、まだ購入されるお客様も少なく多くは大都市圏のお客様でした。販売開始してから気が付いたのですが実は九谷焼がネット販売向きの商材であるということ。ひとつは、これまで都市部では百貨店での販売がメインだったため売り場縮小により購入できる場所がかなり少なくなっていた為、以前から九谷焼を愛用して頂いていたお客様にネットで検索して頂き購入して頂くことができたこと。
もうひとつは九谷焼自体が加飾(かしょく)という華やかな絵付けを特徴とした焼物だったためホームページでご紹介する時の写真が効果的に使用できたこと、また紙媒体とは違い複数枚の写真の掲載、十分なテキストでの説明など、従来の紙ベースでの通信販売とは違った角度でのご紹介も購入して頂く方々に受け入れてもらえたことです。
そんな新たな販売環境も5年、10年と時を経て成熟した販路となり全国各地の伝統工芸がインターネットで販売される時代となりました。ネット販売の時間・距離・場所の制約のない販売スタイルが地方に点在する伝統工芸の希望となりました。国内販売から海外への販売も容易に行えるようになったのもネット販売の恩恵です。
さらに時代が流れ平成から令和になる頃にはインバウンド需要が急激に増加、海外からの観光客の方々が購入希望される「日本らしい物」という需要に対し伝統工芸がマッチングしたことは言うまでもありません。新型コロナが始まるまでが近年の伝統工芸バブルだったように思います。
新型コロナのパンデミックにより海外からの渡航が制限されインバウンド需要がゼロに近い状態になりましたが伝統工芸は通信販売によって生き永らえました。今でこそ懐かしく感じる「ステイホーム」という言葉通り誰もが家の中で過ごす時間が長くなると食器やインテリアへの需要が増えることに、さらには海外への輸出も徐々に増えていくこととなります。
伝統工芸が人気商材というイメージが広まったことにより、これまで個人向けの販売や小ロットでの販売が主だった商品が大量仕入れの商材として扱われ始めたことで危機的状況を迎えることになるとは、その時は思ってもいませんでした。
冷静に考えると当然のことなのですが伝統工芸は、中量産すらできない少量産、小品種が特徴的なアイテムです。それが短期間に一気に需要が増えることで製造が追いつかず、これまで機能していた商品流通が完全に麻痺し極度の商品不足による既存販売先への供給停止という最悪の事態となりました。
私どもも、可能なかぎり商品の確保に努めましたが以前のようにはいきませんでした。そんな品薄な状態がつい数年前まで続いておりましたが、最近は少しづつですが改善して参りました。ただこの改善してきた経緯の中では多くの販売業者さんに我慢して頂いたという事実があること、それは産地として重く受け止めてほしいと思います。
問題山積
現在、全国の伝統工芸の産地で抱える問題は山積みです。材料の高騰、人手不足、高齢化、どこの産地もこれらの問題と真剣に向き合う時がきています。「歴史、伝統を次世代に繋いでいく」聞こえは言いですが生業とするには本当に厳しい現状に伝統工芸は置かれています。それでも、これまで幾度となく乗り越えてきた危機的状況の時と同じように解決するための新たな希望の光を見出す努力をすることが私たちの使命だと思っています。「九谷焼が好きなんです」そんな皆様からのお言葉を日々の励みにして、これからもこの仕事に携わっていきたいと思います。